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東京地方裁判所 昭和33年(ワ)1516号 判決

被告 葛飾商工信用組合

事実

原告中村安治郎は請求原因として、原告は東京輸出ビニール玩具雑貨工業協同組合の理事長であつて、被告葛飾商工信用組合に対し額面金五十万円二口の定期貯金者であるところ、被告は、その支払期日に至つても言を左右にして右定期貯金の支払義務を履行しない。よつて原告は被告に対し、右定期貯金百万円及びこれに対する完済までの遅延損害金の支払を求める、と主張し、なお、事情として、本件定期貯金証書には預入名宛名義が訴外加藤秀雄とあるが、同訴外人は原告の使用人であり原告は同訴外人の了解の下にその名義のみを使用したもので、その実質は原告の債権である。しかして、被告の名称は、もと第百信用組合と称し、次いで大都信用組合に名称変更され、更に現在の葛飾商工信用組合と名称変更されたものである、と述べた。

被告葛飾商工信用組合は、抗弁及び事情として、(一)被告組合は昭和二十七年十一月十五日中小企業等協同組合法に基いて「同心信用協同組合」の名称で設立され、当時の代表理事は青木文平であつた。(二)昭和二十八年十二月十七日、名称を「第百信用組合」に変更、代表理事は吉田福三郎となつた。(三)昭和二十九年十二月十五日、名称を「大都信用組合」に変更、代表理事は中茎理三郎に変つた。(四)昭和三十二年十月二十三日、理事者が交替し、代表理事は大滝金作となり、同年十一月八日には名称を現在の「葛飾商工信用組合」と変更し、更に昭和三十三年二月二十二日理事者の追加があり、代表理事が関口栄に変つたものであるが、被告組合と原告との関係は、昭和二十九年十二月十五日、大都信用組合に名称が変更されたときに原告は被告組合の理事に就任し、代表理事兼組合長中茎利三郎の下で理事兼副組合長として被告組合の業務の執行に当り、昭和三十二年十月二十三日右中茎と共に退任したものである。

ところで、本件定期貯金証書は、現実に被告組合に対して原告主張にかかる額面の定期貯金が預け入れられた結果証書が発行されたものではなく、次の経緯によつて発行されたものである。すなわち、

(一)第百信用組合当時に、昭和二十九年三月十九日付をもつて、訴外大手鶴四郎(この人物が実在しているか仮名かは不明であるが)名義で金額百万円、期限同年九月十九日の約定で定期貯金証書一通が発行された。(二)右証書発行当時から第百信用組合の経営は困難を極めており、定期貯金の弁済等も資金不足のため不可能な状態となつていたのであるが、昭和二十九年十二月に至り、理事長以下役員を一新し、名称も大都信用組合と改めて事実上再発足をすることとなり、組合員総会を開いて再建策をはかつた結果、第百信用組合以前の債務については各債権者ごとに債務の額の二割についてのみ即時弁済し、残余の八割については三年間棚上げした上、業績の改善向上と見合わせて逐次弁済するという方針を決定し、理事者は右方針に従つて債権者と接衝し、多数の債権者の同意を得て、爾来今日まで整理を続けているのである。(三)前述の大手鶴四郎名義の定期貯金についても、右の事情のもとに期限に弁済されないまま放置されてきたのであるが、当時の副組合長であつた原告及び組合長であつた中茎利三郎は当然前述の方針でこれを処理すべき責任者となつていたに拘らず、原告は右中茎及び加藤秀雄(本件各定期貯金証書の貯金名義人)と相謀つて、右定期貯金証書額面百万円のものを金六十八万円で買い受けた上、昭和三十年九月十日、右証書を右訴外人加藤秀雄名義の額面金五十万円の定期貯金証書二通に書き替え、帳簿上も同月三十日に右大手鶴四郎の定期貯金債権を加藤秀雄の名義に振り替えた。これが原告の主張する本件各定期貯金証書なのである。

しかして原告は、右定期貯金が加藤秀雄名義でなされているにも拘らず、実質上原告の定期貯金であるとしてその支払を訴求しているけれども、右定期貯金の約款第五項によれば、「この貯金は組合長の承認がなければ他人に譲渡又は質入することはできません」と定められており、且つ右約款は本件定期貯金証書の裏面に印刷され、原告もこれを了知しているのである。右約款は、この定期貯金の譲渡及び質入については、組合長の承認がない限り右譲渡及び質入をもつて被告に対抗し得ないとの趣旨に解すべきであり、また、本件の場合架空人名義が表示されているなら格別、実在の人物である訴外加藤秀雄の名義で貯金証書が発行されているのであるから、被告の側からみれば、原告が直接自己の名義で右定期貯金の払戻請求をする以上、原告において前記訴外人より本件定期貯金の譲渡を受けたものとしての請求とみるほかはない。従つて原告が前記約款に基き正式に前記訴外人の協力を得て本件定期貯金の譲渡による名義変更の手続を執つていない以上、原告は、被告に対し本件定期貯金の譲受をもつて対抗することができない筋合であり、被告としては、原告の本訴請求に応ずべき限りではない。

仮りに右主張が容れられないとしても、本件各定期貯金証書発行の前記経緯に徴して明らかなとおり、原告は当時被告の理事兼副組合長であつて、中小企業等協同組合法第四十二条、商法第二十五条の二の規定により組合たる被告に対し忠実義務を負つている立場にある。しかるに原告は、前記のように組合たる被告の定めた債務の処理方針を無視し、自ら不当の利得を収めるべく金六十八万円で譲り受けた定期貯金証書を被告に書き替えさせた上、額面どおりの金百万円の支払請求をしているのであつて、原告のかかる行為は、前記忠実義務に背馳する不法のものであるから、これに基く本訴請求は公序良俗に反するものとして許されず、結局右の定期貯金の譲受及びこれを前提とする右定期貯金の支払請求は無効というべきである、と主張して争つた。

理由

被告組合が、中小企業等協同組合法に基く信用協同組合であつて、組合員に対する資金の貸付、組合員の預金又は定期積金の受入等を事業として行うものであることは当事者間に争いのないところであり、証拠を考え合わせれば、被告組合との間で、貯金者加藤秀雄名義で原告主張にかかる本件二口の定期貯金の存すること、しかして右定期貯金の名義人加藤秀雄は原告の主宰する会社の使用人であり、原告が同訴外人の了解を得てこれを形式上本件定期貯金の名義人としたものであつて、本件定期貯金は、実質上原告に帰属するものであることを認めることができる。

右事実に徴すれば、被告組合は、他に特段の事情のない限り、原告に対し本件定期貯金百万円及びこれらに対する支払済までの年六分の割合による遅延損害金を支払うべき義務がある筋合である。

被告は、本件定期貯金に関する約款として、定期貯金債権の譲渡については被告組合長の承認を要する旨が定められ、その趣旨とするところは、組合長の承認を欠く定期貯金債権の譲渡は、これをもつて被告組合に対抗することができないというにあり、しかして、本件定期貯金は、もと大手鶴四郎名義の定期貯金債権を訴外加藤秀雄が譲り受け、更に、原告の主張するように原告が本件定期貯金の貯金者とすれば、原告がこれを右加藤秀雄から譲り受けたものといわざるを得ず、右定期貯金の譲渡については、被告組合の組合長の承認を受けていなかつたから、原告は被告組合に対し本件定期貯金者としてその支払を請求し得べき筋合ではない旨を主張するので、この点について判断するのに、証拠によれば、本件定期貯金は、もと大手鶴四郎名義の定期貯金(金額百万円)を、原告において訴外加藤秀雄名義をもつて金六十八万円で買い受けたものであることを認めることができ、また、本件定期貯金証書の裏面には、右定期貯金約款として、「五、この貯金は組合長の承認がなければ他人の譲渡又は質入することはできません」と記載されていることが認められる。従つて、これらの事実よりすれば、他に何らの反証のない本件においては、右約款による約定のもとに本件定期貯金の預入契約が、原告と被告組合との間に結ばれたものとみるのが相当である。

ところで証拠を併せ考えれば、前記認定のように、本件定期貯金は、もと、貯金額百万円の大手鶴四郎名義のものであつたが、原告においてこれを譲り受けるについては、当時被告組合(大都信用組合と称していた)の副組合長であつた原告は、組合長の中茎利三郎、専務理事の八木与七郎から、資産状態の著しく悪化していた被告組合の資金繰りの都合上買い受けるように奨ようされて、訴外加藤秀雄名義で右定期預金を金六十八万円を支払つて買い受けたこと、そして組合長中茎利三郎は原告に対し、右定期貯金の払戻につき個人として保証の責に任ずる旨を約諾してその旨を保証書を原告に差し入れたこと、本件定期貯金証書は従前の加藤秀雄名義の旧証書を書き替えたものであるが、この書替の当時において実質上被告組合の事務を掌理していた野瀬発己男は旧証書上の利率の記載欄を斜線で抹消してあつた点に疑念を抱いて、右定期貯金の造成過程を調査したところ、結局、右定期貯金は支払期日に支払われるべきものであることを確認して、本件定期貯金証書を作成してその証書上に認印していること、以上の各事実を認めることができる。右認定事実に徴すると、大手鶴四郎名義の定期貯金が加藤秀雄名義をもつてする原告に譲渡されたことについて、当時の組合長中茎利三郎の承認があつたものとみるのが相当である。

次に被告は、原告が本件定期貯金債権の譲渡を受けたことは、中小企業等協同組合法第四十二条、商法第二百五十四条の二の規定による忠実義務違反の取引であり、民法第九十条の規定により公序良俗に違反するものとして無効である旨主張するけれども、前記認定のように、原告が金六十八万円を支払つて大手鶴四郎名義の貯金額百万円の定期貯金を買い受け、その額面金額の払戻を請求したにせよ、これをもつて直ちに同法条による「法令及定款ノ定並ニ総会ノ決議」を遵守しなかつたことによる忠実義務違反というに当らないし、他に、被告の主張する忠実義務違反の事実については、これを認めるに足りる証拠がない。

よつて、本件定期貯金百万円及びこれに対する完済までの年六分の割合による遅延損害金の支払を求める原告の請求は正当である。

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